当時を振り返ってみました

                                       同窓会役員 舛田 浩介

   進学先に大津高校を選んだ理由の第一位は駅近らしい。自身にはその記憶はないが、確かに近い。昭和7年現在地に前身の滋賀県立大津高等女学校が移転したので、当時、膳所駅は存在していなかったようだ。(諸説あり)

約50年前の膳所駅は現在のような高架式ではなく、現在の北口改札から地下通路で上下線ホームへ行き来する形だった。地下通路は暗く狭い印象が残っている。そして何より憶えているのが、超個性的な駅員さん。やや甲高い声音に独特なイントネーションで知らない人はいなかったように思う。数十年前に「探偵ナイトスクープ」で取り上げられて、ご本人が出演されたように記憶している。

もう一つの駅に関する思い出は、下校時ホームで電車を待っていた時、隣に座っていた同級生(男子)が突然立ち上がり、線路に飛び降り向かいのホームへ駆けていき、そのホームによじ登って、ベンチに座っていた彼女(だと思われる)を抱きしめたという出来事。今の時代なら緊急信号で電車がストップして、数万人の乗客に影響してしまうようなとんでもない行為だと思うけど、その時は何事もなかったかのように次の下り電車に二人は乗り込んで行った。

駅が近いから遅刻しないということはなく、電車一本乗り遅れたらアウトで生徒指導の先生が待ち構える正面玄関へと向かわなければならない。当時、その先生方は、校門を入って階段を上がった玄関脇で待ち構えておられた。校門を入り先生と目が合い、ニヤリとされたように見えたそのあと、階段の下まで来たら段差の関係で一瞬先生の姿が視界から消えた。当然先生からも消えているはず。咄嗟に階段を上がらず、校舎1階に降りる斜面を下りて校舎沿いに裏まで行って教室へ到着。生徒指導の先生が教室まで来ることもなく、見事逃走に成功した。生徒指導の先生、すみませんでした。

2024年本屋大賞、坪田譲治文学賞など数々の賞を受賞した宮島未奈氏のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』で一躍有名になった膳所駅周辺。その中でも西武百貨店には私たち世代は本当にお世話になりました。当時、校則で制服での入店は禁止だったはずですが、放課後の店内は大津高をはじめ大商、膳所、滋賀女子の制服で溢れかえっていた。その百貨店で思い出すのが、文化祭で上映された『西武警察』。石原プロダクションの「西部警察」のパロディ映画。当時の店長に直訴して店内での撮影許可を取り、延べ30時間にも及んだロケ。大きな問題もなく撮り終えた作品は、大盛況満員御礼。今もDVDに焼き直して当時の監督が所蔵しているらしいです。

もうひとつ、百貨店での逸話を紹介。バンドの練習で7階か8階にあったスタジオへ行ったとき、休憩でトイレから戻った友達が手にしていたのは黒革の分厚い長財布。中を見たら一万円札がぎっしり。すぐに警備室へ届け出て書類に色々と記入してスタジオへ戻り、練習を終えての帰り道。前からとても怖そうな、というか完全に反社の方がこちらを目掛けて歩みよって来られた。3人の反社さんに取り囲まれて、声も出せないほどビビッてしまったその時、「にいちゃんが財布拾ってくれたんか?助かったわ。ほんまおおきに。礼しなあかんし飯でも行こう」って今来た道を百貨店へ戻り当時は一番高級だった和食割烹店でご馳走になり、帰り際には一万円ずつを「お礼やから」と手渡された。地獄から天国へとはこのことかとしみじみ思った。

そのころあの坂は『ときめき坂』とは呼ばれていなかったけど、みんなのときめきで満ち溢れていたんだろうなあ。久しぶりに歩いてみたら、帰りの上りでは少し息が上がり、ふくらはぎがパンパンになって年齢を実感した。

63才となった今、そのうちのわずか3年間だけだったけど濃密な3年だった。思えば、その後の人生には上り坂も下り坂もあり、あの3年を思い出すことがない時もたくさんあったけど、恩返しのつもりで同窓会役員をもう少し続けて行こうと思っています。この大津高等学校同窓会のホームページをご覧になったり、あの坂道を訪れたりしたときに母校を思い出して同窓会に興味を持ってくれる人が一人でも現れることを願っています。

SHIGA国スポに参加して

                                       同窓会会長 片山 彰一

   第79回国民スポーツ大会「わたSHIGAが耀く国スポ」が令和7年10月8日(水)に閉幕し、滋賀県が男女総合優勝(天皇杯獲得)をしました。

 ここ3年間、栃木、鹿児島、佐賀の開催では東京都が連続して総合優勝をしており、地元開催県の優勝は4年振りとなります。

 私は国スポ主催の一員((公財)滋賀県スポーツ協会)として、大会期間中、各競技会場に応援に駆け付けました。各競技で熱戦が繰り広げられる中、大津高校生の活躍が天皇杯獲得に大いに貢献しました。

 ローイング(ボート)競技では、島田ひとみ選手が立命館守山の三村真由選手と組みダブルスカルで堂々の優勝、谷口夢依選手・今西蘭花選手が舵手つきクオドプルで7位入賞されました。

 カヌー競技では、神田仁湖選手がスプリント カヤックシングルで3位入賞、中嶋啓人選手・髙田悠太郎選手がスプリント カナディアンペアで6位入賞するほか、今井帆久斗選手(スプリント カヤックシングル)、相原 舜選手(スプリント カヤックペア)、蜂屋紗希選手・井上 倫選手(スプリント カヤックフォア)が活躍されました。

 また、大津高校教員の池田百伽先生がワイルドウオーターカヤックシングルで5位入賞を果たすほか、和田優希先生はローイング競技少年女子のシングルスカル・ダブルスカルの監督としてご貢献頂きました。

 大会期間中は、TVニュースや新聞等で滋賀県選手の活躍が連日報道されましたので、同窓会会員の皆様も記憶に新しいのではないでしょうか。

 滋賀県での国スポ(国体)が44年ぶりの開催ですが、前回のびわこ国体を覚えておられる方も多くおられると思います。びわこ国体を機にレガシーとして伊吹で盛んになったホッケーのように、県内各地で色々なスポーツが盛んとなり、人々が元気に過ごされる良いチャンスになればいいなと思います。

 私も、ウオーキングなど軽い運動から始めたいと思っています。

 

第40回同窓会総会に寄せて-

『荒堀先輩、ありがとうございました。』

                                  同窓会 副会⾧ 伊庭 孝子

令和7年6月22日(日)琵琶湖ホテル瑠璃の間にて、第40回大津高校同窓会総会を開催いたしました。 今回は、広報誌廃止後、HP のみでのお知らせとなり、戸惑いのお問合せや、参加希望を直接ご連絡いただく等々、SNS が主流となりつつある世の中で 結局、直接の繋がりの大切さを思い知った次第です。(と同時に、Facebook や Instagram などの情報拡散の速さには、これが世の主流なのね、と感じた卒業後50年を迎えた私(≧▽≦)よ)

総会当日、受付で参加費徴収させていただきながら、手作り感アリアリの(実際、伊庭の手作りです。(笑)写真参照)『絆』募金箱を差し出し『同窓会運営にご理解とご協力を‼』と強く!粘り強く!食い下がっていたのも私です(◎_◎;)皆さんの優しいまなざし、御志が沁みました。

おかげさまで、絆募金には¥31,000-のご協力を賜り、恐縮と感謝感激の感涙(T_T)。これ、本当です。他にも、直接、同窓会口座に寄付を振り込んでいただいた方も。合わせて¥65,000-ものご寄付をいただきました。皆さん、本当に有難うございました。

さて、総会は、同級生の南千勢子さんのピアノ演奏から始まりました。素晴らしい演奏をご披露いただき、ありがとう。参加者の皆さん、目の前で演奏を聴ける至福の時間を堪能しました。

また、総会質疑応答では先輩方々から、同窓会運営への愛ある素晴らしいご意見を賜り、ありがとうございました。今後も精進いたします<(_ _)>

懇親会は、先輩後輩、新旧先生方も入り交じり、笑顔の楽しい時間を過ごすことが出来ました。

本当に楽しい時間は、あっという間に過ぎますね。

そんな楽しい時間の中で、ふと、荒堀光信様の笑顔が思い浮かびました。

⾧年、同窓会役員としてご尽力頂き、また、顧問としてまだまだお力添えを頂くはずでした。前回の総会では、中締めのご挨拶と共に『僕に出来る事は何でもするから何でも言うてや。』と私達後輩へ優しく心強いお言葉を頂いておりましたのに、今はもうお会いする事も叶いません。

(令和5年 11 月ご逝去)

時は誰の都合も関係なく、容赦なく、ただ平等に流れていきます。

同じ高校の卒業生であるというだけで、集えば笑顔になる同窓会。そんな組織をこれからも同窓生皆で受け継ぎ、人生の楽しい時間の一部として共有していきたいと願います。

荒堀先輩、そして、そちらにいらっしゃる数多の同窓生の皆さん。

これからも大津高校同窓会をお見守りくださいませ。宜しゅうに